第一章 AI万能観はどう作られたか─誤認が広がる情報構造

生成AIの急速な普及により、「AIは人間を超える」「すべてを自動化できる」といった期待がさまざまな場面で語られるようになっています。
しかし、こうしたイメージは実際の機能とは異なる形で広まっており、AIに対する誤認や過信を生み出す原因になっています。

この章では、AIが「万能な存在」として語られるようになった社会的背景や、過剰な期待がどこから生まれ、なぜ是正されにくいのかについて考察します。

期待だけが先行するAI観の形成

AIの話題は日常生活の中でも広く見聞きするようになり、製品紹介や報道、政策発表、SNSなどでその可能性を強調する情報が増えています。
AIに関する肯定的な情報が繰り返し発信されることで、「AIは人間を超える判断ができる」「多くの業務を代行できる」といったイメージが社会に広がっています。

このイメージは、「できそう」「近いうちに可能」といった期待が先行し、成果や利便性だけが注目されており、実際の制約や限界への理解が十分に共有されないまま、過大な認識が形成されています。

AIに対する過剰なイメージは、技術そのものではなく、情報がどのように語られ、誰によって伝えられているかによって形づくられています。

「AI万能観」を拡げたのは誰か?

「革新」や「知性」といった言葉で語られ、多くの人が持つ「信頼できる技術」というAIに対する認識は、企業の広告、政策の推進、メディアの話題化、SNSでの拡散といった情報発信が、相互に影響し合って形成されています。

産業界:プロダクトと資本市場が求めた「革新性」

企業はAIを「高度な機能」や「自律的な動作」の象徴として製品やサービスに組み込み、広告や説明資料では「AI搭載」「学習する」「最適化する」といった語が意図的に選ばれて用いられています。
特に「学習」「判断」「最適化」といった語は、単に処理手法を表す技術語ではなく、日常的には人間の認知行動を示す言葉として使用されるものです。
そのため「最新のアルゴリズムによって最適化された」と表現される場合と、「最新AIの学習能力によって最適化された」と表現される場合とでは、同じ機能説明でも受け手に与える印象が決定的に異なります。
後者では、AIがあたかも自らの経験に基づいて判断を行い、能動的に改善する存在であるかのような、擬人的で知性的な認識が誘発される構造が形成されます。

また、企業の戦略資料や株主向けの発信では、「AIによる業務効率化」「AIによって可能に」「AIの導入によって貢献」といった表現が多く、技術的な前提条件や実現までの不確定要素に触れることなく、成果や効果だけを先に提示する構成が一般的になっています。
このような表現は、文法的には曖昧さを含みながらも、日常的には“確実性”や“達成済み”の印象を強く伴います。
たとえば「AIによる業務の効率化が期待されている」と表現するよりも、「AIは業務効率化を実現する中核技術である」と断定することで、技術的な不確定性や実装条件から注意を反らし、AIが現実に業務変革を可能にする水準にあると誤って認識される構造が生じます。

企業にとって「AI」という言葉は、単なる機能記述ではなく、製品の先進性や市場価値を演出する手段として戦略的に活用されています。
特に株主や投資家向けの発信では、資本調達や株価評価の観点から重視されるため、将来的な成長性や市場での差別化を図る手段としてAIの導入が多用されます。

本来AIは、数多くある技術手段の一つに過ぎません。
しかし企業は、「人工知能」という語句が持つ漠然とした先進性や自律性のイメージを積極的に活用することで、受け手にAIが高度で柔軟な判断を可能にする存在であるかのような印象を与え、結果としてAIがあらゆる課題を解決可能な技術であるという“万能観”を補強する構造を形成しているのです。

行政・政策:成長戦略としての「AI活用」

企業と同様に、行政におけるAIの位置づけもまた、単なる技術要素としてではなく、「社会課題を解決する手段」「構造改革の中核」として語られる傾向があり、「信頼できる未来技術」として印象的に用いています。
とりわけ行政の政策文書は、公的な信頼性を伴う媒体であるため、AIがすでに社会基盤として確立されているかのような社会的認識を誘導する効果を持ちます。

実際には多くの自治体や官公庁におけるAIの活用は限定的であり、試験導入や実証実験の段階にとどまる例も少なくありません。
たとえば、香川県三豊市ではChatGPTを用いた「ごみ出し案内サービス」の実証実験を実施しました。
初回の実験では正答率が62.5%にとどまり、その後の調整によって2回目は94.1%まで改善されましたが、目標としていた99%には届かず、実用段階での導入は断念されています。
この事例は、AI活用が政策文書では将来の成果として語られる一方で、実際の導入現場では技術的達成水準や信頼性に明確な限界が存在することを示しています。
一方で、限定的な範囲ではあるものの、AI活用が一定の成果を見せている例も存在します。
福岡市では、行政手続きの一部においてチャットボットを導入し、定型的な住民問い合わせへの対応自動化を実施しています。
回答精度や対応速度の点で改善が確認されており、対象業務を明確に限定することで実装可能性を高めた事例と位置づけられます。
このような例は、AIの導入にあたって課題設定の明確化や適用範囲の制御が前提条件となることを示しており、政策文書で語られる“包括的な変革”とは異なる実装構造を持っています。

本来、政策文書は実現可能性や制度的障壁を明示しつつ、段階的な実装やリスクの所在を可視化する役割を担うべきです。
しかし、AIという語がもつ象徴的価値が前景化されることで、現実の制約が背景に退き、AIが“すでに成果を上げている技術”として語られる構造が常態化しています。
結果として、行政におけるAIの扱われ方もまた、企業やメディアと同様に、AIがあらゆる課題に適応可能であるという“万能観”を支える認識環境の一部となっていると位置づけることができます。

メディア:話題性とセンセーショナリズムの構造

報道メディアは一見すると第三者的な立場からAIを紹介しているように見えますが、実際には「話題性」や「注目度」を優先し、技術の実態や制約よりも“可能性”や“脅威”といった印象を強調する構成が一般的です
記事タイトルでは「AIが新薬の開発に貢献」「生成AIで臨床試験を革新」「AIが病気を判断する時代」「ロボット弁護士出廷」といった断定的・極端な表現が並びますが、本文では確定を避けながらも“実現されつつある技術”という印象を与える傾向があります。

このような構文設計には、情報の正確性や検証可能性よりも、閲覧数や広告価値といった商業的な目的が優先されるメディアの事情が反映されており、AIが極端に有能あるいは危険な存在であるという二極的な観念形成を助長しています。

また、報道ではAIの「社会的影響力」「雇用への影響」「人間との境界」といったテーマが登場しますが、その多くは統計的根拠や技術的実装レベルを明示することなく、“近い将来必ず起こる”という仮定で提示されるため、視聴者は「AIは避けがたい変革をもたらす」という観念を自然に受け入れる構造に置かれます。

本来、報道機関は事実の整理と文脈の可視化を担うべき立場にありますが、AI報道においては“センセーショナルであること”が優先されやすく、AIへの過剰な認識を形成する温床になっており、社会的なAI万能観の形成を制度的に補完する一因となっています。

SNS・個人:驚きと拡散が生むAIイメージ

SNS上では、生成AIをはじめとするAI関連の話題が日々大量に投稿・拡散されており、そこで共有されるAIのイメージは、技術的理解や制度的知見に基づくものではなく、「驚いた」「すごい」「もう人間超えてる」といった感情的な印象を起点とするものが大半です。
こうした反応が共有・拡散されることで、「SNSで多くの人が驚いている=本当にすごい技術なのだ」という印象が強化され、AI万能観を支える構造が形成されています。

また、SNSでは専門家と非専門家の発言が同列に扱われやすく、アルゴリズムによって「驚き」や「極端な事例」が優先的に可視化される構造があります。
その結果、AIに対する過剰な期待や誤解が「共感された情報」として制度的・非制度的に再生産され、ごく一部の投稿があたかも社会全体の共通認識であるかのように受け止められ、十分な検証を経ないまま印象ベースのAI観が定着する構造が形成されています。

印象が実像を上書きするー情報構造としてのAI万能観の完成

企業・行政・メディア・SNSといった異なる情報発信主体が、それぞれの目的に応じてAIに関する情報を発信していますが、いずれも技術的制約や実装上の課題よりも、「革新性」「効率化」「社会的影響力」などの期待的な要素が強調される構成になっています。

各主体が用いる表現や提示形式は異なるものの、発信内容が相互に補強し合うことで、AIに対する印象は社会的に一貫した評価として定着していきました。
企業は競争優位の象徴として、行政は成長戦略の柱として、メディアは話題性の素材として、SNSは共感の対象として、それぞれが特定の構成をもってAIの価値を提示し、それが“信頼される前提技術”というイメージを支える環境を形成しているのです。

このようにして、AIが高度で柔軟な判断を行える存在であるかのような印象は、実態を超えて拡大し、「導入すれば問題が解決する」といった期待が制度的・文化的に繰り返し提示されるなかで、イメージ主導で形成されたAI万能観と、それに対する漠然とした信頼感は、今後の実装・活用段階において判断の誤りや制度的過信を引き起こしかねない構造的なリスクを孕んでいます。

参考資料(構造参照)

本記事はAI補助により構成されていますが、以下の文脈・制度情報・議論構造に準拠して構成されています。

  • 総務省|情報通信白書(AIに関する政策的展望)
  • OECD|AIに関する原則とガバナンス(2019)
  • G7広島AIプロセス(2023)報告書概要
  • IEEE|Ethically Aligned Design(第2版)
  • 朝日新聞・読売新聞におけるAI報道タイトル比較(2023年5月〜2024年3月)
  • 福岡市/三豊市のAI導入実証事例(自治体公報)

更新履歴

  • 2025-06-20:初稿公開

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